Long, long time ago we were One.

As a member of the natural kingdom,

We were in perfect Harmony with all beings.

We spoke with the plants,

Danced with the dolphins

And sang with the whales.

We were all One family.

(遠い遠い昔、私達はひとつでした

 おおいなる自然の一員として

 そのすべての存在と調和していたのです

 草花と語らい

 イルカと踊り

 クジラと一緒に歌うこともありました

 みんながひとつの家族だったのです)

(『オール・アズ・ワン』 作詞:井上真紀 より引用)

 

 いのちといのちとのつながりが調和していた時代、わたしたち人間が他のいのちとのつながりの中で生かされていた時代、そこからわたしたちは遠ざかってしまったと多くの人が訴えています。つまり、本来「いのちはつながっていて、いのちはひとつである」世界があったのです。しかし現代、多くの人にとって、一人一人のつながり、自然や世界とのつながりは、断ち切れてしまっていると言われています。そしてそのために、多くの苦しみや悲しみ、断絶や傷やいのちの疼きが、他の生きものたちに、そしてわたしたちの内なるこころに、もたらされることになっていると言います。

 でも、それは本当なのでしょうか? つながりって何でしょうか? 今でも、たとえば瞑想をはじめて高次の意識の状態に達すると、「いのちはつながっていて、いのちはひとつである」という感覚が生まれるということを耳にします。それはどういうことなのでしょうか?

 上の歌詞は、第5回国際イルカ・クジラ会議のテーマソングとして、井上真紀が作詞し、ジャズユニット、『ラブ・ノーツ』によって歌われたものです。この歌詞の中では、つながりが失われてしまったのは、わたしたちが「宇宙共通の言葉」(The language of the Universe)をいつの間にか忘れてしまったからだと歌われています。美しい調べは「今こそそれを思い出す時」が来ていると歌います。
 
 「宇宙共通の言葉」? 生きものがつながることのできる言葉? そんなものが本当にあるのでしょうか? それは、どんな言葉なのでしょうか? もし、もしもそんな言葉があったなら、わたしたちはつながりを回復することもできるのでしょうか? その答えはまだ見つかっていません。でも、ほんの少しでも、そのような言葉を見つけ、そのようなつながりを感じてみなければ、答えの方へ歩んでいくこともできません。

 これから、「生きもの同士がつながる言葉」のひとつとして、異種間コミュニケーションを考えていきたいと思います。その際大事なことが幾つかあるように思います。管理人の知的能力の限界というシビア〜な問題もありますが(・・;)、多くの人に明確に伝わるよう、問題をきちんと整理していく必要があると思います。たとえば、知的な人の中には「宇宙共通の言語」とか「瞑想」と書くと、「怪しげ」「宗教がかっている」という見方があります。確かに、本来そのようなことがいかに素晴らしいことであっても、「特別な人の特別な世界の話」で留まっている限り、多くの人はそこから離れていってしまいますよね。

 他方、現在の多くの人は、もっと日常的な場面で、実際すでに「つながり」を感じているのではないでしょうか。花や木や動物たちがそばにいることで得られるあったかで安らかな感覚、ペットと自分との深いつながりや、森を歩いたり草原に寝っ転がって「癒された」と感じる経験などの中で、実際に多くの人が多くの気づきや想いを抱いたり、からだで何かを感じたりしているのではないでしょうか。そして、このような触れあいは、今後益々多くの人が求めていくと思います。多くの人の実感としてあることなら、科学的に「証明でき」なくても、それは間違いなくわたしたちにとって起こっている事実ですよね。

 ここでは、こうしたことを掴むために、現在「証明できる」事実以外の所にも目を向けていきたいと思います。異種間コミュニケーションは、現在存在する事実や論理の組み合わせだけでは、多分つかみとることはできません。でも一方で、古今東西の様々な人の体験や考えの中には、そのようなつながりについての気づきやヒントがあります。また、わたしたちが事実として集積して体系化したことだけでなく、「感じ取れる」ことに目を向けたいと思います。特に、コミュニケーションの研究として、 「聞く」(実際に耳に入ってくる)だけでなく、「聴く」(心の耳を澄まして受けとめる)ことを探っていきたいと思います。

 もちろん、感じたこと、体験したこと、聴こえること、は人によって様々で、また書き言葉にとどめておけない部分があります。その限界を認めた上で、現在証明可能な「科学的事実」だけでなく、現実に生きている人々にとっての「日常世界の事実」を、整理していきましょう。

 

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