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 そらは すっかり はれわたって けさの あの ふきぶりは、まるで ゆめだったとでも いいたいような、いい てんきに なりました。
 すっかり あせを かいてしまったので、藤六(とうろく)は、いっぽん一本の おおきな 木の ねもとに、どっこいしょと、こしを おろしました。
 あたり いちめんの 木々の こずえで、いろいろな とりたちが、せいいっぱいの こえを はりあげて さえずっています。
 「ああ、いい きもちに くたびれた」
と、ひとりごとを いいながら、藤六(とうろく)は、ずきんを うごかして、ひたいの あせを、ふこうと しました。
すると、とつぜん、かわいらしい おんなのこの こえが、きこえました。

 「おや、こんな ところに ひとが いるはずは ないのだがな」
と、藤六(とうろく)
が おもったときには、もう とりの こえだけが、きこえています。
 「はてな、いまのは なんだろう」
と、つぶやきながら、また あせを ふこうとして、藤六(とうろく)が ずきんへ 手をやると、また、かわいい おんなのこたちの こえが――
 「いこうや、いこうや、むこうの むらへ いこうや」
 「あめが あがったから、おこめや むぎを、きっと たくさん ほしてるよ」
 「ううん、むこうの むらは びんぼうだから、おこめなんか ほしてないよ」
 「それじゃ、あたしは、この もりで あそんでよう」
 「あたしも あそぼう」
 「あたしは むらへ いく」
 「あそうぼうや、あそぼうや」
 「いこうや、いこうや」
 「わあん、すべる すべる すべるう。だれか、ひっぱってえ」
 「いやあん」
 「いじわる いじわる。ようし、そんなら あんたを  . . .」
 「あっ、いやあん、いやあん」
かわいらしい わらいごえが、あたり いちめんに おこりました。
 そして、その わらいごえが、だんだん うつくしい うたごえに かわっていきます。
 藤六(とうろく)は、ほんとうに びっくりしてしまいました。
 これは いったい、どうしたことなのでしょう。
 しかし、いろいろと かんがえてみているうちに、やっと その わけが わかりました。ひたいのあせを ふこうとして、ずきんを うごかすと、とりの こえが、ひとの ことばに なって、きこえてくるのです。
 「これは おもしろい」
 藤六(とうろく)は、ずきんを うごかして、もっと とりの ことばを、きいてみることにしました。

(文:木下順二 『ききみみずきん』 岩波子どもの本 1956年 より引用)


 

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