* 「聞き耳頭巾」を持つ人々:ジェーン・グドール *

4.グドールの対話方法

  グドールの研究の目的は、野生のままのチンパンジーの行動の観察であり、動物との対話を求めることではなかった。しかし、その辛抱強い観察において、チンパンジーの信頼を得てより近くで観察することを試み、彼らを真似てその行動様式を類推、感情移入、直感を働かせて理解するという方法を用いた。その過程では、少しずつ接近し、毛づくろいし合うなど、信頼関係を結び、真似をして、身体的な接触によるコミュニケーションを達成している。グドールがそこで着目しているのは、相手との位置関係、声、顔の表情、アイコンタクト、しぐさ、姿勢、互いの身体的接触、集団としての社会行動など非言語コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーションnonverbal communication)である。こうした過程を経て、グドールは、チンパンジーの顔つきなどからそこにある感情を認め、それを察するやり方を身につけていった。
  グドールがチンパンジーの行動研究の中で行ってきたことは、動物を理解する上での“共感の科学”のあり方の模索だった。そこでの研究方法は、チンパンジーの行動について類推と感情移入によって理解していこうとするものであり、そうした類推・感情移入を行う上での自らの立場 ―― ヒトであり、女性であること ―― を否定しないものであった。
  “共感”によって動物を理解する方法は、「擬人化」というレッテルを貼られることに、真っ正面から向き合わなくてはならない。増して、“動物と対話する”ということは、擬人化に対して過度にタブー視する科学の客観主義や実証主義の立場から見れば大罪を犯すことにもつながる。動物から学び、交流する上で、グドールにとって、これは足かせ、あるいは障壁と感じられることだった。しかし、これに抗して選択した方法 ―― 動物に共感して彼らから何かを感じたり、直感として受けとめること ―― において、彼女は決して無秩序なやり方を取っていたわけではない。グドールは、動物の反応の読み取りの解釈の修正を辞さないことで正確さを維持し、また慎重さ、謙虚さを重視することによって、安易な擬人化を克服しようと努めた。そのために、観察を繰り返し、経験を蓄積し、「繊細かつ客観的な記録」をとどめることを常に忘れなかった。


 

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