* 「聞き耳頭巾」を持つ人々:ジム・ノルマン *

【コミュニケーションの原則・手順・技法3/4】

3.コミュニケーションのルール

  ところで、ノルマンが目指す異種間コミュニケーションでは、動物との関係の結び方に大事なルールがある。それは、ノルマンの動物を対等の相手と見なし、こころから尊敬する姿勢から来るものだ。
 たとえば、何年にも渡って挑戦し続け、素晴らしい異種間音楽が達成されたオルカとのコミュニケーションでは、次のようなルールが設けられていった。試行錯誤の上で、築きあげたルールだ。

 まず第一のルール。決してオルカを追いかけてはならない。スピーカーをエコロケーションで確認しようと、オルカはすぐそばまでやって来るが、好奇心が満たされると行ってしまうことがある。そんな時にも好きにさせておく。追おうとすればうるさがって、それっきりだ。オルカの方に何らかの興味があれば、きっと自らの意志で戻って来る。もし戻って来なかったらって? それは他にもっと興味をひくものがあるからだ。
          (『イルカの夢時間』 吉村則子, 西田美緒子訳. P.245)

  “決して追わない”のは、相手の意志を尊重することだ。人間中心的に、動物に無理やり何かを強いない、ということだ。これが、科学の枠組みにはまった異種間コミュニケーションの研究者との違いであると、ノルマンは強調する。海洋水族館の水槽やラボのケージの中で、動物に報酬や罰を与えたり、人間のやり方にどれだけうまく適応していくか、という挑戦をさせるのではなく、ノルマンはあくまでも、動物が野生の中で自由な生き方をしている中での出会いと対話を求めている。それが何故なのか、ここでは深く論じることはしないが、これだけは言えよう ―― それは、飼育下の動物が幾つか人間の語彙を取得したか否か、あるいは人間の能力を試す知能テストにいくらか合格しているのか否か、を科学者が主張するために行われるのではない。ノルマンのCDで聴くことのできるような、驚き、こころに触れる音楽が創り出されるのだ ―― 見物していた人々が歓喜を味わい、録音を聴いたわたしたちも何かを感ずる。
 ノルマンのやり方が動物たちとわたしたちに与えてくれる恩恵と、“動物に言語はあるか”“知性はどれほどのものか”という科学的論議が示している現行の科学のあり方とは、全く違う。

 第二のルール。いつも同じ場所で演奏すること。そうすれば、昨日か先週かに音楽を聴いた場所にオルカが戻った時、またそこで音楽を聴ける可能性がある。空間の継続性を築く。わたしたちはこうして継続的に演奏する場所を「スヴァハ」と名づけた。これはサンスクリット語で、「空間の中の空間」という意味だ。

  第三のルール。コミュニケーションのセッションは夜、同じ時刻に開く。これで時間の継続性も築ける。オルカがいてもいなくても、同じ時刻に演奏するのが一番よい。オルカが沖を通るのを見て、あわててカヤックを漕ぎ出すのはだめだ。最適な時刻は日没後。日没後ならば、釣り客を乗せた釣り船も、遊びまわっていたボートも、ホエールウォッチングの船も、停泊所に帰っている。海に静けさが戻ってくる。それにつれてオルカの元気もよくなるようだ。オルカの眠る時間と遊ぶ時間に関係があるのかもしれないが、よくはわからない。

         (『イルカの夢時間』 吉村則子, 西田美緒子訳. p.245-246)

 第二、第三のルールについては、すでに手法のところで触れた。だが最後にもう一つ、重要なルールがある。それは、「生き生きとした対話でやりとりできることを絶対条件に、演奏する音の種類をできる限り少なくする」というルールだ。音楽家としてのノルマンが、技巧を凝らし、音色豊かな多彩なフレーズを演奏することが、なぜいけないのだろうか? 
 ノルマンは言う。コミュニケーションの録音テープをよく分析してみると、相手から返答が得られた多くの場合に、ノルマンが興奮しすぎてしまっていた。既に書いたが、時には“どうしたらこの異種間コミュニケーションに成功するか”に意識を逸らしてしまった。それがコミュニケーションの終わる引き金となることが多々あった。そこでノルマンは、自分の演奏を冷静沈着かつ魅力的なものにするよう、修行を積んだ。琴とマイルズ・デイヴィスのトランペット・ソロの演奏を何週間も聴いて、「少ないものからより多くのものを得る方法を学ぼうとした」。それは、「異種間即興演奏へのミニマリスト的アプローチ」だ。フィールドに出ると、相手の返答のムードに合わせ、同じ高さの音を使って真似る。その内に、単純な音の繰り返しが、それぞれ異なった呼び声として聞き分けられるようになった。微妙で繊細なやりとりを始められるようになったのだ。 この重要なルールは、ノルマンの次の一言に凝縮されるだろう。「よき聞き手になることだ」(注10) 。


注10:本サイトのテーマに沿って言えば、ノルマンは「聞こえない声を聴く」ことを学ぼうとした。


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