* 「聞き耳頭巾」を持つ人々:ジム・ノルマン *

【本当の出遭い、つながり(1/3)】

 ノルマンのコミュニケーションのあり方で、最も美しいのは、異種間音楽によって動物の興味を惹きつけ、つなぎとめ、彼らが反応を返してくるという段階まで進んだ、その後のことである。ヒトも動物も音楽の当事者、参加者として音楽と向き合い、次第に没頭していく。その中で、ヒトは人間という肩書き、動物にとっても恐らく、「ニンゲン」という相手に対する恐れが無くなり、音楽に溶け込んでいく、そのときだと思う。そのとき、ヒトも動物も真の姿を現す。そして、命あるもの同士の'本当の出遭い'が生まれる。'本質'が姿を現すのだ。

異種間音楽は、音楽という普遍的な言葉を通じて他の種の動物とのコミュニケーションをはかろうとするものだ。人間としての明確かつ単純な表現方法の一つである。あらゆる音楽に共通するように、異種間音楽も気のハーモニーの交換によって意志を伝え合う。ハーモニーは時間と空間を共有して、互いに力を合わせなければ決して生まれない。現実には人間がまず相手を自分と同等のものと認める必要がある。生徒が先生の隣に座るように、人間は動物の隣に座らなければならないこともある。互いに歩み寄って本当の意味で動物と出会ったその瞬間、両者の関係が生まれるのだ。
           (『イルカの夢時間』 吉村則子, 西田美緒子訳. p. 229- 230)

ノルマンも、出遭いやつながりのこうした次元を「本当の意味でのコミュニケーション」と述べている。 ノルマンはこのとき、「動物にも心があるのだと直観的にわかる」という。そして、「その直観は人を不安にさせるものだ」とも述べている。

それまで自然の秩序から自分を隔離し守ってくれていた境界が、目の前で崩れ去っていく。だがその瞬間、世界中に張りめぐらされた複雑なコミュニケーションのネットワークのただ中に引き込まれるのだ。そこではガイアの上で生き、死んでいくあらゆる生き物が互いに結ばれている。まるで入り組んだクモの巣のように。新しい感覚と概念とが意識となって現れる。「オレンダ」の歓迎に会うのはこの時だ。オレンダはイロクォイ・インディアンの信じる神で、驚きの感覚とバイタリティーとを喚び起こしてくれる自然の力の象徴である。オレンダは、クワキゥトル・インディアンの不思議な力の贈物「トゥログウィ」を手渡してくれる。自然の神々がその秘密の王国に勇敢にも足を踏み入れた者に贈る至上の宝「トゥログウィ」だ。
          (『イルカの夢時間』 吉村則子, 西田美緒子訳. p. 230)

「この王国にひとたび足を踏み入れた者は、もう容易には、それまでいた人間中心の宇宙に戻れない」 ―― かなりファンタスティックな表現ではあるが、異種の生きものと'本当の出遭い'をすることで、人間の意識が変容する。自己と他者、自己と世界として見えているものや、自己中心的な思考法、自分が他者や世界から何を得ていかに利用していくか、他者や世界が何をもたらしそれに対していかに統制してくか、さらには、自分を軸とした過去・現在・未来という時間軸が、まずもって打ち消されるということだろう。そして生まれてくるのは、あらゆるもののつながりの中にある生命感だ。これまでここで検討してきた「コミュニケーション」という概念さえ、変容してしまう。

後生大事にしていた信念の多くが突然色あせる。「動物」とは何だ? 人間の言葉は常に人間を頂上に置いたヒエラルキーをもとにしている。動物がいて、人間が別にいるかのようだ。コミュニケーションについてはどうだろう? 言葉とも思想とも、感情とも言えない。そういう概念ではもうコミュニケーションの基本的な構造を説明しきれないのだ。もはや時代遅れなのに、まだ使われているニュートン理論の用語に似ている。役には立つが、人間が認識できる限られた範囲だけの話だ。一昔前の人間中心の世界観の名残りである。だが、異種間の黙示をロマンチックに描きすぎないよう注意しなければなるまい。人間のギター奏者がありふれた曲を一フレーズ弾いて、それをオルカがゆっくりと繰り返したからといって、その時オルカが人間と同じぞくぞくする興奮や因果の糸を感じたのか、誰にもわからない。わからなくてもいい。オルカや他の動物たちとコミュニケーションを保ち続ける鍵は、むしろ感じないこと、考えないことだ。ただ存在していることに徹する。創造的で忍耐力のある会話上手になって、辛抱するのだ。そうすれば、分析癖のある人間の感覚に制約されることなく、どの方向にでも関係が進んで行ける。その時こそ、誰ひとり考えもしなかった領域に自由に分け入れるのだ。あなたも、わたしも、オルカも、まだ入ったことのない領域に。
          (『イルカの夢時間』 吉村則子, 西田美緒子訳. p. 230- 231)

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