* 「聞き耳頭巾」を持つ人々:ジム・ノルマン *

【ノルマンとオルカのコミュニケーション(1/3)】

 ともかく、その異種間コミュニケーションはどのようなものだったか、オルカとのコミュニケーションについて記述から感じてみよう。(できればinterspecies.com の音楽サンプルも聞いてみてください

  そして三晩目、ほんものの魔法の世界が出現した。セッションは前の二晩と同じ、夜の10時半から始まった。オルカたちは前夜と同じく、ちょうど10時半に到着した。当初の計画では潮の関係から毎晩1時間ずつ遅らせるはずだったが、オルカもわたしも毎晩10時半には演奏会の準備ができたので潮にはこだわらないことにした。まずわたしがポッドの標準的な歌を真似る。レの音で始まりレの音で終わる三音の周波数変調フレーズだ。ただし一つの固定したパターンではなく、グリッサンドの速さを増減したり、なめらかにレガートをかけたり、さまざまな変形がある。オルカの言葉は、ジャズのミュージシャンがスタンダード・メロディーをアレンジして演奏するのに似て変化に富んでいる。その時わたしは、フレーズごとにオブリガートの終音をレ、ド、ミ、レと変えてオルカの歌を変化させようとした。オルカにはそのことがよくわかっているようだった。
 悔しいことにわたしのエレキギターで出せる最高の音はCシャープで、オルカの歌の音に半音だけ足りなかった。そこでオルカの音域に合わせるには、最高の弦をちょっと横の方にひっぱりながら押さえてやる必要がある。普通ならそんなに難しくないが、暗い霧の中にうずくまってギター・ネックの上の方を指で押さえているので、まことに厄介だ。最初にやってみた時は、まずまずオルカのフレーズに近い音が出た。オルカの「もう一回やってごらんよ、おばかさん」の呼びかけに、「トゥワワワ ウー オトガ デナイ ワワワワワ」と答えたようなものか。まあ内容がどうであれ、同じフレーズをもう一度繰り返す。その時突然、高音のEの弦がパチンと切れてしまった。しかたなく暗闇の中に座り込んでギター・ケースの中から新しい弦を見つけようとしている間、オルカの歌は激しさを増していった。一緒に音楽を演奏しようと何度も何度もわたしを呼ぶ。中でも一頭は、オブリガートをつけた長い複雑なフレーズを特に協調して歌った。
 音楽家として覚えた言葉を使わせてもらえるなら、その出会いはまさにジャム・セッションと呼ぶにふさわしかった。「ジャム・セッション」とは、即興、ジャズ、さらにはわたしたちが音楽と呼んでいる素晴らしい人間文化の芸術まで連想させる。素晴らしい音楽! 行動学からすれば、オルカは薄暗い海峡で一キロ範囲上離れた仲間と連絡を取り合う信号として、あの鳴き声を使っているのかもしれない。だがわたしからみると、オルカはまさに同じ鳴き声を使って、メロディーとリズムとハーモニーを生み出しているのだ。
       ・・・(中略)・・・
 オルカとギターを弾くわたしは、対話という形式のおしゃべりをすることに暗黙の了解をみた。それぞれ、相手の音が終わるまで待ってから自分のを始めるというきまりだ。この形式が成り立つには、どちらも相手の始めと終わりがはっきりとわからなければならない。たまに相手が終わらないうちに間違って始めてしまうことがあったが、ほとんどは対話の形式で進んだ。音楽の交換は単純な呼びかけと応えには終わらない。 . . .

    (『イルカの夢時間』. 吉村則子, 西田美緒子訳. p. 213-216より抜粋)

 こうして生み出されたオルカとの「対話」、メロディーとリズムとハーモニーを持つ音楽こそ、ノルマンが求めた異種間音楽である。 だが、オルカの発するシグナルを「音楽」と呼べるのか? さらに、この呼応関係をコミュニケーションと呼べるのか? ―― 行動科学に根ざした立場からぶつけられる懐疑を予測して、ノルマンは「これは動物を擬人化するという罪深い考えだろうか?」と自ら問う。だが、彼は次のように断言する。

 オルカが信号に使う鳴き声を音楽と呼んでしまうと、オルカは人間にとっての音楽に似た概念を持てないことになる。そうだろうか。いや、違う。わたしたちが創り出したものは人間のものでもオルカのものでもない。これこそオリジナルな異種間音楽の誕生だった。
    (『イルカの夢時間』. 吉村則子, 西田美緒子訳. p. 214-215より抜粋)


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